日本電産サンキョースケート部
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  第13回冬季オリンピック・レイクプラシッド大会に先駆けてノルウェーで開催された世界選手権で長屋真紀子は2位に入る大健闘を見せました。これが自信となりオリンピックでの5位入賞につながりました。
 
 
清水康弘選手
  レイクプラシッド大会に、三協精機の監督である平手則男がコーチとして、選手としては川原正行、清水康弘、長屋真紀子が出場しました。川原と長屋は2度目の出場でした。前回のインスブルック大会では僅差で入賞を逃がした長屋は500mに賭け、堂々の5位入賞を果たしました。また清水も日本新記録で9位となりました。
 
  第14回サラエボ・オリンピックを翌年に控えた1982年(昭和57年)は、坂井正明、森下彰弘、柏木智子、五ノ井みゆき、中村ふみえの5名が入部、清水康弘をチームリーダーに久々の大所帯になりました。
 
 
初の全日本選手権で堂々の3位となった長屋
 
  サラエボ大会にスピードスケート陣は9名参加したうち、三協精機からは鈴木靖と小沢洋美の2名が出場しました。この大会で法政大学の北沢欣浩選手は日本スピードスケート界の半世紀を越える歴史の中で初の銀メダルに輝きました。三協勢は鈴木靖が12位、小沢洋美は16位に終わりました。なおこの大会には、現在の今村監督が5000mと10000mに出場しました。  
 
鈴木靖選手   サラエボ五輪の日本選手団
先頭は山田正彦会長
  1985年(昭和60年)は、前年のサラエボ・オリンピックで代表になった現・監督の今村俊明、戸田金作、関ナツエ、黒沢理香、間多香音の5名が入部し、戦力を強化しました。
 
  史上初の屋根付リンクでおこなわれたカルガリー大会は、国土計画の黒岩彰が500mで悲願の銅メダルを獲得したほか、富士急の橋本聖子選手が5種目全てに出場しただけではなく、全て日本記録を更新しました。また三協精機から唯一出場した関ナツエは1500、3000、5000mの3種目に出場しました。  
日本新をマークした
関ナツエ選手
 
 
  冬季オリンピック・カルガリー大会の後、自転車のロードレースで夏のオリンピックを目指しトレーニングに励み、見事富士急の橋本聖子選手と共に、日本人初の夏・冬オリンピック出場を獲得し、見事完走しました。  
 
ソウル五輪に自転車
ロードで出場、
完走した関ナツエ選手
 
 
 

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