日本電産サンキョースケート部
TOP 選手紹介 監督・コーチ 大会スケジュール 大会結果 技術サポート スケート部の歴史 リンク サイトマップ
 
1950年代
1960年代
1970年代
1980年代
1990年代
2000年代
2010年代
 
 
三協精機初のオリンピック代表
左から
溝尾武夫、浜文恵、長久保文雄
  前年にはスケート部初めての大学卒の男子選手が4人(溝尾武夫、松本充雄、榛葉重喜、長久保文雄)と女子選手2名が入社しました。1960年(昭和35年)の第8回冬季オリンピック・スコーバレー大会には出場8選手中、三協精機から長久保文雄、横尾武雄、浜文恵の3選手が出場、活躍・健闘しました。
60年代前半には、男子では井上歳広、輿石武、女子では長久保初枝、武田美佐江、清水留美子などが入社し、選手層も厚くなり、国内はもとより海外でも三協精機の名を轟かせました。
 
 
  前回のスコーバレー大会に続いて、三協精機から長久保文雄、長久保初枝、高橋カネ子の3選手が出場、活躍・健闘しました。
   
 
左から
長久保夫妻と高橋カネ子選手
長久保文雄選手 高橋カネ子選手
 
 
石幡忠雄選手
  1964年(昭和39年)に新入部員として入社した石幡忠雄が、全日本選手権で堂々優勝。また同大会では高橋カネ子が1500m、3000mで優勝、特に3000mでは5年ぶりの日本記録を打ち立てました。
 
 
あざやかなカムバック、全日本に
優勝して山田正彦社長の 祝福を
受ける長久保初枝
 
  第11回の冬季オリンピックを札幌で開催されることが決定していた大会でもあり、否が応でも盛り上がった第10回冬季オリンピック・グルノーブル大会には、出場選手 12名のうち何と三協精機から5名を輩出する快挙に会社大いに盛り上がった大会でもありました。
 
 
左から
松本監督、斉藤実子、井出かなめ、
武田美佐江、肥田隆行、石幡忠雄選手
 
 
 
 

  会社概要  採用情報  
Copyright 1998-2012 NIDEC SANKYO CORPORATION All Rights Reserved